TOKYO Teshigoto
2018.12.25

その道具、美あり。

道具を知る


鎚を振るう四代刀匠「宗秋」さん(写真右)と叔父の忠夫さん(写真左)。

住宅街に、響く鎚音。

下町風情が残る葛飾区立石。京成立石駅前には、いわゆる「せんべろ」の店が軒を連ね、夕方の早い時間から安くて旨い酒と肴を求める客の長い行列ができる。酔客で賑わう駅前を過ぎ少し歩くと、緑濃い住宅街が現れる。そして、通りに立てられた看板を目印に細い路地へ入ると、ほどなくして鎚音の響く「八重樫打刃物製作所」に辿り着く。コークスが赤い炎を吹く炉の前では、熱せられた赤い金属の塊を二人の男性が絶妙なコンビネーションで打ち合っている。四代目刀匠「宗秋(むねあき)」さんと、叔父の八重樫忠夫さんだ。工房の奥では若い職人が、火花を散らせながら刃物を研いでいる。
東京の鍛冶には、主に鋏を造る東京打刃物と江戸打刃物があるが、「八重樫打刃物製作所」は江戸打刃物の鍛冶屋。「総火造り」という伝統製法で造り出される「八重樫打刃物製作所」の刃物は、よく切れ、そして美しい。その評判を聞きつけ、全国から様々な刃物製作の依頼が舞い込むという。刀匠の流れをくむ「八重樫打刃物製作所」が、これまでどんな刃物の依頼に応えてきたのか、お話しをうかがった。

(写真上段)工場などで使われるバイトのアールは、鉄で造った「金床(かなどこ)」と呼ばれる道具を使って出していく。「金床」も自ら製作してきた。(写真下段)鋼と鉄をくっつける「鉄糊(てつのり)」が溶けるには、1000℃近くの温度が必要なため、炉の燃料にはコークスを使う。

「鉄糊」は工房で作っている。研磨の過程で出た鉄の粉をホウ酸とともに煮てできた結晶(左手)を、ハンマーで砕いて粉状にする。

工房の奥では若手職人が、黙々と研ぎ仕上げをしていた。

写真左上から時計回りに「工業用刃物」、「桶屋銑」、「リードナイフ」、「刻書鑿」、「床柱ヒッカキ刀」。いずれもその作業専用の刃物としてオーダーされたものだ。

機能美備える、プロの道具。

「中学、高校の頃から家の手伝いをしてきた」という宗秋さんは、50年近く刃物造りに携わってきた。宗秋さんがこの道に入った頃は、大工道具の鑿(のみ)や鉋(かんな)などの製作が多く、その中には日光東照宮や輪王寺の修復のための鑿もあったそうだ。
「今も基本的には、鑿や鉋、和包丁などのプロの職人さんが使う刃物を造っています。工場で部品の切り出しなどに使われるバイトも全体の3割くらいを占めていますね。最近では個人の方から、趣味で使う刃物のオーダーを受ける機会も増えています」。
例えば木管楽器のリードを削る「リードナイフ』の依頼主は、刃紋や柄の材質や重量まで指定してくるという。専用刃物は作業の効率を高めるための道具だが、一方で自分好みに誂えた道具を所有する喜びもある。それはプロに限ったことではない、ということなのだろう。

釣りを趣味にする個人がオーダーした出刃包丁。手前の出刃は柄にカエデを使うなど、お誂えならではのこだわりが見える。

設計図の無い、ものづくり。

依頼者が工房を訪れることもあるが、ほとんどは電話やファクシミリなどでの打ち合わせだけで製作に取りかかる。
「例えばサヨリをおろすために出刃包丁を誂えたいという方がいらしたのですが、身の薄いサヨリなら刃渡りは何寸、厚みはこのくらい、柄にはどういう材を使いましょうかといったことを、お客様の要望をうかがいながら決めていくわけです。初めて造るものは型紙を起こします。実際に鍛造する時には型紙を目安に大きさや形を整えていきます」。
伝統製法「総火造り」では、型抜きなどは一切行わず、ハンマーで叩きながら刃物の形を造っていく。精密な設計図があるわけではなく、型紙一枚を手がかりに、依頼主が期待する刃物の機能とフォルムを生み出していることになる。また出刃包丁の場合は極軟鉄と鋼で刃を造っていくが、活用シーンに応じてステンレス、ハイス鋼などの鋼材を提案しているそうだ。

北海道旭川を拠点に活動した木工作家・太田久幸氏とお弟子さんの作品。お弟子さんは「八重樫打刃物製作所」が製作したバイトを使っている。

そして全国から、依頼は続く。

「これは、北海道の木工作家さんからの依頼で造った丸バイトと平バイトです。大雪山の樹齢400年くらいのナラを削りだしていくのにこのバイトを使ってくださっています」。そう言って宗秋さんが見せてくれた木工作家の作品は、角のない滑らかな曲線で構成されたフォルム。木工旋盤に固定され高速で回転するナラ材に、宗秋さん製作の硬質な輝き放つバイトが当たり、この滑らかな曲線が引き出されていったのかと想像すると面白い。高速で回転する材にあたると刃は熱を持つ。安来鋼だと熱を持つと鈍るので、こうした用途にはハイス鋼を使うのだそうだ。
大具道具の鑿・鉋、料理人のための和包丁、工業用バイトに工芸家の道具としてのバイト。これまで様々な刃物を造ってきた宗秋さんだが、目指しているのは「よく切れ、仕上げが丁寧な美しい道具造り」。依頼者がプロフェッショナルでもアマチュアでも、その姿勢は変わらない。それが、全国からのプロアマ問わない依頼につながっている。

緑濃き住宅街の一角「八重樫打刃物」の工房で、今日も「総火造り」の刃物が生み出されている。