「もっと、自分が好きなものを作りたくなったのでしょうね」
金子は、他人事のように淡々と語る。
車関係のデザイン設計をしていたが、制約があり、思うように作れない。鏨(たがね)で刻印するスタンピングをはじめたら、自由に模様を描けないのが物足りなかった。
彫れば、好きな形を無限に生み出せる。
よし、彫ろう。
それが、彫金の道に入ったきっかけだった。
彫りの基本は習えても、自分のスタイルは自分で磨き上げるしかない。作りたいものが明確な金子にとって、技術を身につけることは、スタートラインに立つための条件にすぎなかった。
一日でも早く彫れるようになりたいという思いで、師匠についた彼の強みは、デザインのセンスと身体感覚だった。
立体物のデザイナーだった彼の頭には、作ろうとしているものの形が3Dで浮かび上がる。彫るという行為は、イメージの中にあるそれを、現実に移し替える作業だ。
師匠の動きをトレースしつつ、彫る。身体の位置、手や腕の角度、力のかけ方を観察し、自分の身体に置き換える。師範並みの実力がある空手で培った身体感覚が、ここで活かされた。鏨(たがね)がぶれず、芯を的確にとらえて打ちぬければ、きれいな彫りが短時間でできる。
修業時代から「音は少ないのに、彫りが早い」と言われていた彼は、早いペースで技術を習得し、僅か1年で独立の日を迎えた。
好きなものを作るアーティストであり、製品を店におさめる職人でもあり、個人のオーダーを受ける作家でもあるという金子は、その三つを兼ねる自分の立ち位置を“クリエーター“だと考えている。
相手の話を聞きながら求めるものを明確にしていき、デザイン画で共有する。人に会えば会うほどに、異なる感覚や発想に刺激を受け、面白いものができてくる。最近は、チェスの駒や蛇のリングなど、動きのある生き物の立体造形と彫金とを組み合わせた依頼も増えた。
彫りの仕事は、やればやるほどうまくなる。「ピークは60代だ」と師匠は言った。アラフォーの金子は、研ぎ澄まされた彫りに向かって、一直線に磨きをかけている。
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金子 大樹
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