TOKYO Teshigoto

江戸切子の主な製作工程。

ガラスに刻まれた様々な模様で、使う人の目を愉しませてくれる「江戸切子」。この「江戸切子」の“切子”とは、“棒状の道具や回転道具を用いて”削ったり磨いたりし、ガラス表面に模様を描くカット技法のこと。最近では催事場などで、回転する道具にガラスを押し当てながら職人がガラスに模様をカットする様子を見る機会も増えてきたが、コップなどの曲面に正確に模様が描き出されるのを見ていると、熟練の職人による手仕事の凄さや尊さが伝わってくる。こうした実演で目にする工程は、もちろん一部分。製作工程は大きく、以下の5つに分かれている。 ①割り出し・・ガラスの表面にカットの基準となる線や点を割り付ける ②荒摺り・・・ダイヤモンドホイールなどで模様の基本となる線を削る ③三番掛け・・②より細粒子のダイヤモンドホイールなどで削り、仕上がりの図柄に近づけていく ④石掛け・・・光沢(つや)出しの前工程で③でカットした面をダイヤモンドホイールなどで平滑に仕上げる ⑤研磨・・・・木盤磨きや薬品磨きでカット面に光沢を出して仕上げる 江戸切子は概ねこの5つの工程に沿って作られるが、工程の一つ一つを見ていくと職人によっての違いや新たに加えられた工夫などもある。特に、新しいデザインへ挑戦する職人の場合、伝統的な工程の中にも多くの新しい工夫が見受けられる。

ダイヤモンドホイールでグラスをカットしていく、但野硝子加工所の但野英芳氏。

江戸切子の最初の製作工程、「割り出し」。等間隔で縦横にガイドとなる線を入れていく。

進化する技と工程。

但野英芳氏の江戸切子は、一目見て「但野さんの作品」だと分かる。伝統的な江戸切子が直線の交差で描く幾何学模様が多いのに対して、但野氏がモチーフとしているのは風景や動植物といった有機物。例えば「金魚」と名付けたグラスでは、尾ひれは曲線で構成され、金魚の体にはレリーフによって立体感がつけられている。「割り出し」 の工程ではガイドとなる線を1センチ程度の幅で入れた後、フリーハンドで金魚の形を描いてしまう。最初の「荒摺り」の工程では、金魚のひれなどを部分的に削るだけで、金魚のアウトラインのほとんどは直接「三番掛け」の工程で削っていく。アウトラインが定まると、もう一度「荒摺り」の工程で金魚以外の部分の赤いガラスを削り取っていく。もともと赤い色硝子を被せ(きせ)ていたグラスから赤い色硝子のほとんどを削り取るという表現も独特だが、これによって澄んだ水の中を泳ぐ赤い金魚が際立つグラスとなる。薬品磨きのあとの「研磨」の工程でも、光沢を出す部分と艶消しにする部分を磨きわけ、金魚や水の煌めきの質感を作り出していく。

フリーハンドで金魚のアウトラインを「割り付け」していく。

「荒摺り」の工程で金魚のひれなどの部分を削っていく。

「荒摺り」の工程で使った100番のダイヤモンドホイール。但野氏の作品には小さなダイヤモンドホイールが多用されている。

「三番掛け」の工程で金魚の輪郭を削った後、再度「荒摺り」で金魚以外の赤いガラスを削り取っていく。

鱗が刻まれ金魚らしい姿になった。まだこの後、グラスの底に菊繋ぎ文様をカットし、「石掛け」「研磨」の工程が続く。

デザインが生んだ技。

こうした但野氏の独特な表現は、どのようにして生まれたのだろうか。但野氏は初めから江戸切子職人を志したわけではなく、建築設計事務所で会社勤めを2年ほどしていたという。ある時、但野硝子加工所の初代である父親が江戸切子組合のコンテストで受賞した作品を見て、江戸切子への見方が変わったという。「デザイン表現の場を求めて外の世界へ出た訳ですが、身近なところに表現の場があった」と気づいたのだそうだ。そして外の世界を経験したからこそ、「もっと違う表現ができるはず」と江戸切子の持つ可能性に但野氏は気づいた。建築設計の仕事に携わるために磨いたデッサン力も活きた。但野氏がガラスに表現したいモチーフを描きとめているというスケッチブックを見せてもらうと、そこには虎やリザード、魚や風景など様々なモチーフがびっしりと描かれていた。独自のデザインから生まれた新しい技やアイデアで、但野氏ならではの江戸切子はまだまだ生み出されていくに違いない。

アイデアを描きとめた但野氏のスケッチブック(写真左)。但野氏の工房の一角。独自の「割り付け」がされたグラスが収納された本棚には、動植物の図鑑や美術展の図録などの資料が並んでいた(写真右)。

但野硝子加工所の工房で、完成した江戸切子「金魚」を手にする但野英芳氏。