TOKYO Teshigoto
2018.12.11

一枚の紬を織るための、大小さまざまな道具。

道具を知る

染織道具の、奥深さに触れる。

織物の道具といって真っ先に浮かぶのは「手織機(ておりばた)」だろう。足下の操作で経糸(たていと)を上下に振り分けながら、その間に緯糸(よこいと)を通して一枚の布を織っていく。トントン、トントンと聞こえてくる機織りの音は、ゆったりとして優雅にも感じる。ところが今回の取材で、この優雅な機織りのシーンに辿り着くまでに、大変な道のりがあることを知った。たくさんの道具を使い、力を要する道具のセッティングを行い、そして根気よく準備を行わなければ機は織れない。糸を染める工程も入れると、もっと大変な道のりである。小熊素子さんは、糸の染めも、織りも手がける染織作家。完成したばかりの小熊さんの自宅兼工房を訪ね、染織に使う道具のほんの一部を見せていただいた。

左がセリシンに覆われた紬糸で、触るとごわごわしている。右は小熊さんが薔薇で染めた糸。

お風呂場兼染め場。

セリシンを落とし、糸を薔薇で染める。

日本の織物で使う糸の基本は、絹糸、麻糸、木綿糸。蚕が吐いた繭玉からつくられる絹糸は、生糸(きいと)と紬糸(つむぎいと)の2種類に分けられる。生糸は繭玉から直接糸を引き出してつくられる糸で、紬糸は繭玉から真綿をつくり、撚り(より)をかけて丈夫にした糸。この紬糸で織ったのが紬で、生糸で織った絹織物に比べて、ざっくりとした素朴な風合いが特長になる。小熊さんが使うのは紬糸。紬糸は専門の糸屋さんから、蚕の分泌するタンパク質「セリシン」がついた、ごわごわの状態で仕入れる。これを洗って糸を柔らかくし、植物から煮出した染料と一緒に煮ることで糸を染める。お風呂場にはガスコンロとステンレス製の寸胴鍋があり、小熊さんはここを染め場に使っている。染まった糸は風呂場の天井に備え付けた干場で干す。

手前が「綛かけ(かせかけ)」。奥にある「糸巻き」に糸を巻き取っていく。「綛かけ」に取り付けたカウンターの回転数で、「糸巻き」に巻いた糸の長さを算出する。

「綛かけ」で、必要な長さの糸を巻く。

糸が染まったら、糸を扱いやすい形にする。これを糸偏に忍と書いて綛(かせ)と呼ぶ。綛の状態から「糸巻き」や「小管(こくだ)」「大管(おおくだ)」に必要な長さの糸を巻きつける工程が「綛わけ」で、その道具が「綛かけ」だ。一見すると「糸車」に見えるがそうではない。ぐるぐるとハンドルを回すとカウンターが何回転したか教えてくれて、巻き取った長さが計算できる仕組みになっている。ハンドルを根気よく回して、12個の「糸巻き」に糸を巻く。ここから、「整経(せいけい)」という経糸を整える工程に移る。「糸巻き」に巻いた糸を「羽子板」と呼ぶ板の穴に通し、綾をとりながら木枠に巻いていく。木枠から外した糸を、さらに「経巻台(たてまきだい)」という道具に巻き付けていく。

「経巻台(たてまきだい)」という大きな道具に、テンションをかけながら経糸を巻いていく。

大きな道具で、経糸を整えていく。

ここで登場した「経巻台(たてまきだい)」という道具。全長が16メーターあるので、セッティングするのにスペースをつくらなければならない。また、かなりの重さがある。セットするのも一苦労だが、使う小熊さんの姿から、作業自体も重労働だというのが伝わってくる。経糸にテンションをかけながら、ぐいぐいと巻き取っていくのだが、そうしないと機織りの段で織りにくかったり、仕上がりが撚れたりすることになるのだそうだ。

「綜絖(そうこう)」に通した糸を、「筬(おさ)」に通していく。

1200本の糸を、根気よく通していく。

「経巻台」で巻き取った経糸は、「手織機」の下部にセットし、「綜絖(そうこう)」という「手織機」に下がっている金属の棒の先の輪の中に通していく。そしてようやく、機織りの下準備の最終段階「筬とおし(おさとおし)」に辿り着く。「筬(おさ)」という道具には、織物の幅を保つ役割と、打ち込み具としての役割がある。打ち込み具が、あの機織りのトントンという音を生み出している。「筬」には「筬目(おさめ)」という隙間が空いており、ここに2本ずつ糸を通していく。糸の総数は、なんと1200本。最終段階といっても、まだ作業終了には時間がかかる。小熊さんに下準備にかかる時間を聞いてみたところ、「筬とおし」まで丸1日かかるそう。

写真奥に見える金属の棒が「綜絖」、手前に「筬」がある。

譲り受けた道具、自分でつくった道具。

大小さまざまな道具を必要とする染織。まず道具を揃えるのが大変そうだが、小熊さんのもとには、染織仲間から譲り受けた道具も多数ある。「手織機」もそうで、これは40年ほど前に製作された大島紬の機。どっしりと重みがあり、太い糸を使って織る小熊さんの織物には、とても合っているそう。また、使いやすさを求めて自分でつくる道具も多く、「羽子板」は自分で穴を空けてつくった。手間暇かけてという表現があるが、染織の一連の作業や道具を拝見して、まさに手間暇かけてつくられた手工芸なのだということが分かった。

大きなものから小さなものまで、実に多くの道具を使う織物。左から、緯糸を通す際に使う「杼(ひ)」、「羽子板」、「小管(こくだ)」、「木枠」。

糸を染め、機を織る。分業することの多い工程を一人で行う染織作家、小熊さん。