TOKYO Teshigoto
2017.12.08

文化財修復が開く、創作の扉。

職人インタビュー

百段階段を、修復する。

“昭和の竜宮城”と呼ばれ、豪華な装飾で知られた目黒雅叙園。2017年4月、施設名称はホテル雅叙園東京へとリブランドしたが、館内には創業時から受け継ぐ、絢爛豪華な絵画や彫刻が残る。著名な画家が天井や欄間に絵筆を揮った7つの部屋を99段の長い階段廊下がつなぐ、通称「百段階段」は館内唯一の木造建築で、1935年(昭和10年)に建てられた。その見事さと文化的価値から、2009年(平成21年)に東京都の有形文化財に指定されている。
7つの部屋のひとつ十畝の間(じっぽのま)は、日本画家・荒木十畝(あらき・じっぽ)による四季の花鳥画が描かれる重厚な造りの部屋。黒漆の螺鈿細工(らでん・ざいく)が随所に見られるこの部屋で、今年の9月まで4年間かけて修復作業が行われていた。修復に携わっていたのは、安宅漆工店の安宅信太郎(あたか・しんたろう)さん。建築漆工として数々の名建築に携わってきた経験と腕を買われてのことだ。


百段階段・十畝の間。天井、襖仕立ての鏡面に荒木十畝による花鳥画が描かれる室内を螺鈿細工の装飾が彩る。長い年月の間に貝が剥がれ落ちている箇所が増え目立ってきていた。

挑戦続きの、4年間。

螺鈿とは、夜光貝・オウム貝・アワビ貝など貝殻の真珠色の光を放つ部分を切り、漆器などの表面にはめ込む装飾のことを言う。この時、漆の接着力を使って貝を貼るが、はめ込まれた貝は光の当たり方により虹色に変化しとても美しい。十畝の間の格天井(ごうてんじょう)・長押(なげし)・廻り縁・框(かまち)にはその螺鈿細工が施されているが、製作から長い年月を経て、はめ込んだ貝が浮いたり落ちたりしてきてしまっていた。安宅さんによると、修復には文化財修復ならではの難しさや苦労があったそうだ。
「文化財の場合は、なるべく昔の姿を残さないといけません。貝が割れていても取り除いて新しいものにするのではなく、活かさないといけないのです」。貝をすべて取り除いて一から新しい貝をはめた方が仕事も早いし仕上がりも美しいが、それをしてはいけないのだそうだ。「浮いてきた貝は白く見える。黒漆で接着してあげると貝の色が鮮やかに出るようになりますが、漆は温度と湿度が一定程度ないと乾かない。冬場は特に暖房で湿度が不足するので、なかなか乾かなくて苦労しましたね」。漆を塗って貝を貼り、あて木をして押さえ、漆が乾くまで置くという作業を繰り返し行っていったそうだ。そしてこの作業を、早朝から一般の見学客が入る前までの間に終えてきたと言う。


夜明け前の暗い時間から始まる作業。奥様とともに4年間をかけて修復を行った。


貝を割らないように剥がし、下地を出し黒漆を塗って貝を貼る。まるきり貝が落ちてなくなっているものは、新たな貝を埋めて復元した。

4年間の実りを、創作に。

修復作業は苦労も多かったが、昔の職人の仕事に感心させられたり、驚かされることもあるなど発見も多かったそうだ。「いい仕事をしている職人は漆をたっぷり使っているから下地が丈夫。見えないところを適当にやってしまうと年月経つと違いが出てしまいます。漆を使った表現も、どうやっているんだろうと思うような珍しいものもありましたが、本当に丁寧に段階を踏んでやっていることがわかりました。色々勉強させてもらいましたよ」。
建築漆工として日本建築の床の間、上がり框、柱などに漆塗りを施すのが安宅さんの本来の仕事。安宅さんは、その他の場面でも多くの人に漆の奥深さを知ってもらいたいと現代の暮らしの中で使える花器、食器などの創作も意欲的に行っている。昔の職人の素晴らしい仕事に触れる機会は、今後の創作への刺激にもなっている。安宅さんの手から、新たな表現方法、新たな漆作品が生み出されてくる。



国産の漆を使い床の間の板を拭き漆で仕上げる。ヘラを使い木地に漆を刷り込み拭き取る。依頼主が希望する仕上がりに合わせるが、安宅さんはこの作業を最低6回は繰り返し木目の美しさを引き出す。


マグカップやぐい呑など、普段の生活で漆に触れることのできるものも、数多く創作している安宅さん。


麻紐を花器の形に巻き、何種類かの色漆を塗り重ねた後、研ぎ出して文様を出した作品。表面に陰影をつける為に、鎌倉彫で使われる技法を用いているそう。


安宅漆工店の工房には、漆について学べる墨田区認定の「漆工博物館」が併設されている。