TOKYO Teshigoto
2017.05.19

木に眠る美を、引き出し結う。

職人インタビュー

結桶師 桶栄四代目 川又栄風さん(かわまた・えいふう)
大学を卒業後、会社員を経て1986年、実父である桶栄三代目の栄一氏に入門。2007年、桶栄四代目を継承。

音を聞き、木の香をかぐ。

カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン。
迷いを感じさせないスピードで、“わりなた”に“木槌”を振り下ろし、300余年の年輪を刻む木材を割っていく。木材が当初の大きさの半分くらいになると、辺りに漂う木の芳香が濃くなり始める。木材は長野県の天然木曽さわら。計画伐採を行う国有林の中で、樹齢300年を超える天然ものは1%に満たない。その貴重な材から生み出されるのは、柾目の通った端正な姿の桶だ。雪駄に足袋のお職人姿で、黙々と作業を続けるのは、130年続く桶栄の四代目・結桶(ゆいおけ)師の川又栄風さん。この道に入って30年余。腕の確かさは、先ほどからのリズミカルで心地よい “音”を聞けば伝わってくる。現代の暮らしの中で、木の桶を目にする機会はとても少ない。しかし、つい数十年前までは、様々な種類の桶=容器が、日本全国で作られていた。手桶、寿司桶、飯櫃、酒樽、漬物樽、味噌樽、風呂桶、そして棺桶。木片を組み合わせ、箍(たが)で結って作った桶が、用途によっては水も漏らさぬ精密構造の容器になるというのは、いかにも日本の職人技の産物らしい。そして、その手仕事の工程は、驚くほど細かい。

宮大工か、結桶師か。

先ほど、栄風さんが見せてくれたのは「割り」という工程。5メートルほどの長さで買って来た天然木曽サワラの丸太は1年ほど寝かした後、「玉きり」という工程で製作する桶の高さに合わせて切り出される。桶の材に適しない部分を“わりなた”を使って大きく落として選定した後、桶の側面のカーブした部分、側(がわ)が取れるように作られた「くれ」という道具で柾目に割り出していく。割り出した木片は半年ほど天日乾燥でアクを落とし、室(むろ)で一日いぶして乾燥させる。ここから、結桶専用に作られた様々な道具を使いながら手仕事は繊細さを増していく。「木取り・荒削り」、「正直」、「輪口とり」、「のりづけ」、「木口切り」、「端切り」、「内中仕上・内仕上」、「みぞ切り」、「外仕上」、「箍しめ」、「天・底板はめ」、「面取り」、「足つけ」、「木口仕上」、「みがき」。主立ったものを挙げてもこの工程。これに天板や底板の工程も加わる。栄風さんは、時に宮大工が使う“槍鉋(やりがんな)”も使いながら、機能と美しさを磨き上げていく。「全国でも、うちみたいに手の込んだ仕事をしている結桶師は5人もいないんではないでしょうか」と控えめに語るが、槍鉋を使う職人は木工に分野を広げても、ほとんどいないだろう。「正直」という工程では“正直台”という大きな鉋で側を削り整えるが、側と側を合わせたとき、木同士がピタッと吸い付くほど仕上がりは精密だ。その精密な仕事ぶりを証明するのが、遊び心から生まれた桶の金魚鉢。豊かに水をたたえた中では、悠々と観賞魚が泳いでいる。

逆風に磨いた、技と美意識。

看板商品の飯櫃にしても、ワインクーラーにしても、桶栄の桶には一目で桶栄のものだと分かる端正さがある。柾目の揃った美しい木肌、洋白銀の箍、祭器の三方を彷彿させる底の刳り紋様。初代・川又新右衛門氏の飯櫃や桶は、美しさと丈夫さで評判を呼んだが、その技と美意識は四代目の栄風さんにも色濃く受け継がれている。栄風さんが、父である桶栄三代目の栄一さんに入門した頃は、合理化を求め、ものづくりの拠点を海外に移す“空洞化”のまっただ中。まさに逆風の中、時代に逆行するような昔気質の修行生活は始まった。「最初の頃は、朝から晩まで仕事して晩飯を食べてたら座ったまま寝ていた、ということもあった」と言う栄風さん。「一通りの仕事ができる」と思えたのは、10年以上経ってから。その頃から、「自分らしさ」や「現代に合うもの」といった意識が生まれ、洋白銀の箍を開発し、ワインクーラーやコンテナといった新しい商品も生み出した。「桶は道具だけど、形の良さも大切です」と静かに語るが、これだけの「仕事」をした商品を国の内外問わず、もっと多くの人に知って欲しいという思いはある。職人としても脂ののった時期。磨き上げた技と美意識は、これから凄みを増してくるに違いない。

左から桶栄の看板商品の飯櫃、オーバルコンテナ、桶栄・二代目の作。

結桶のための道具と職人の手が、精密な容器を作り出している。