TOKYO Teshigoto
2017.03.17

染めに魅せられ、更紗に魅せられ。

職人インタビュー

二葉苑・染め物職人 井上英子さん(いのうえ・はなこ)
美大を卒業後、染色業界へ。最初の4年は風呂敷の染めを、その後二葉苑に移り江戸小紋、江戸更紗の染色に携わる。

白生地の前を何度も、何度も。

丸刷毛を持った手が、木枠に固定された型の上で縦に横にと忙しく動いている。木枠を上げ、染料が白生地に摺り込まれているのを確認したら、木枠の位置を変えてまた縦に横にと丸刷毛を動かす。その仕事は手際よくスピーディだが、とても丁寧で愛情深く感じる。この丸刷毛を手にしているのは、井上英子(いのうえ はなこ)さん。二葉苑に入って、9年ほど経験を積んだ中堅の染め物職人だ。いま井上さんが染めているのは9メートルの白生地で、染め上がれば六通(ろくつう)の柄つけをした名古屋帯に仕立て上がる。白生地の端まで色を摺り込むと、井上さんは新たな型を木枠に取り付けた。別の染料をつけた丸刷毛を持つと、また先ほどと同じ作業を丁寧に行っていく。最初の作業で染まったランダムな色の列に、次の作業で新たな色の列が加わる。また新たな型をつけて、新たな色の列を加える。白生地をはった板の前を、井上さんが何度か往復すると、あっあれなのかな?と柄の全体像が分かる瞬間がやってくる。人を乗せた象や頭の上に篭を乗せた人が現れ、これがインドの風景を意匠にした柄だと分かる。


エキゾチック、でも江戸好み。

「これは江戸更紗という染め物で、たくさんの型を使って染めるのですが、この柄の場合は使う型が10枚なので少ないほうです」と井上さん。細かな柄の多い江戸更紗は、30枚ほどの型を使うこともある。型を変えて何度も板の前を往復する労力もさることながら、柄がずれないよう正確に作業を進めなければならず熟練の技と根気を要する染めと言われている。それでも井上さんは「何枚も型紙を使うからこそ、最後にびしっと柄が決まった時はぐっと来ます」と、その醍醐味を語る。「同じ型を使っても配色でまったく違う印象に仕上がるのも、更紗の面白いところです」。異国情緒が漂う江戸更紗の起源は、今から3000年以上も前のインドにある。室町時代の南蛮交易で日本に渡ってきた更紗は日本各地に広まり、江戸時代には「京更紗」、「江戸更紗」と街の美意識を映して発展していく。色鮮やかな「京更紗」に対して「江戸更紗」は侘び寂びの味わいがある。「江戸更紗は地色が薄い場合が多いのですが、二葉苑では『伏せ型』という、色を摺り込んだところを防染糊でマスキングできる型を作っている場合が多く、『伏せ型』のある柄の場合は地色に濃い色を染められるので、スッキリと着こなせるんです」。

一枚の生地に、揺さぶられて。

「自分が染めた生地を、お客様が着ていると嬉しい」という井上さんだが、自身は着物を着ないという。そもそもどうして、染め物職人になったのだろうか。「小学2年から4年間、父の仕事の関係で南アフリカに住んでいました。いろいろな国の人がいましたが、私の七五三の時の写真や母の着物姿とかを見て本当に感動してくれるんですよね。ふり返ってみると、あの体験が原点なのかなと」。もちろん、子どもの頃から絵を描くことが好きだったということもあるだろう。ただ、一枚の生地が人の心を揺さぶる凄さを目の当たりにし、これを仕事にしていこうと美術大学のテキスタイル科に進み染色を学んだのだそうだ。しかし染めの工程を見ていると、腰をかがめて染めをし、重い板を動かし、冷たい水でたくさんの洗い物をし、となかなかの重労働だ。辛くはないのだろうか。「水は冷たく、手も荒れるし、型染め屋は友禅とかに比べるときついでしょうね」としながらも「手を動かして、結果素晴らしい生地ができる。これがやりたかった仕事だから」と“今”が充実している人の穏やかだが芯のある表情を浮かべる。「着物であれ、暖簾であれ、どれも気持ちを込めて、愛情込めて染めているつもり。それでも、まだ完璧な仕事はないから、もっと磨いていきたいですね」と結んだ。

二葉苑の工房には若い職人が多い。入社すると下積みなどはすっ飛ばして、即実践。分業が多い業界にあって、全ての工程に携われるのも若手にとって魅力的な環境なのだそう。

新宿区上落合、妙正寺川のほとりにある二葉苑。ガラス越しに職人が忙しく立ち働く姿を見ることが出来る。染めの体験教室も開かれ、染め物の魅力を広く伝えている。